絶版になった楽譜たち

先日、現在絶版のピアノ教則本「新しいメトードローズ」という楽譜について、中途半端な書きかけでしたので、もう少し、この本について見直してみることにしました。

「新しいメトードローズ」は、日本で有名な「メトードローズ」を、原作者Ernest Van de Velde(エルネスト・ヴァン・ド・ヴェルド)と同じフランスの、Annick Chartreux(アニク・シャトルロー)が書き加え編纂したもので、この絶版になってしまった楽譜は、四冊シリーズで成り立っていました。一巻の上下巻、二巻の上下巻という具合です。

(まぁ、もう世の中で出回らないであろう楽譜の分析をしたところで、何の役にも立たないのですが…^^;)


(第一巻の下は教室生徒さん所有をお借りしたもの)

 まず一巻(上下巻)=ネコが階段を上がっていく表紙の二冊=旧来のメトードローズの流れを汲んでいて、例のネコが時々絵に現れて、進行役とアドバイスの役割を果たしています。
 次に第二巻(上下巻)=アヒルがアップライトピアノを弾いている表紙の二冊=指南役を果たしていた一巻のネコに比べて、こちらではモグラとアヒルが、各テーマの書かれたプレートを持っているだけで、語りかけはありません。そんなことはともかく、これは賛否の別れる楽譜でしょう。悪いことは、シンプルな譜例で学習目的を表した後、急に難しい曲が出てきているのです。
 メトードローズ原版を書いた、エルネスト・ヴァン・ド・ヴェルドの曲はこの二巻ではあまり用いられず、シャトルロー自身の曲や別の作曲家のミックスで、応用編の曲構成になっています。確かに、旧来のメトードローズの曲に慣れすぎて、正直、少し飽きがきている指導達者や、古典楽曲よりもっと最近のものを求めている人には、斬新で良いのですが、いかんせん、曲の難易度が一巻に比べてポンと上がっています。ジャズ風なものあり、大人びたメロディあり、応用曲は新鮮にも映りますが、難易度レベルが「メトードローズ」(入門者向け)というイメージの段階から完全に離れてしまっています。前衛的な曲などは、これは編纂者の好みなのかもしれないけれど、リズムもハードで、和音も濁っている、まだ指も動かないピアノのビギナーが、理解し弾きこなすのには、その"上り坂"は急すぎます。

 一例 (楽譜写真はわざと右側部分をカットしています)加線の説明と次の曲とのギャップ。この曲のリズムを理解できる人なら、こんな簡単な「加線」など、とうの昔に理解しているはずです。

 ここらへんが、せっかく出版された楽譜が、絶版の道を歩むことになった理由なのでありましょう。つまり「新しいメトードローズ」は、エルネスト・ヴァン・ド・ヴェルドの原作中心の「一巻」の上下巻だけなら、生き残った気がするのです。
 その他、この「新しいメトードローズ」には目次がなく、それは漠然と次のページへと進んでしまうことになり、マスターした項目が自覚しにくい。そして楽譜サイズが大きい(閉じた状態でB4位)のにも関わらず、応用編の曲は短いものでも譜めくりが必要だったり…、あれこれ大雑把なのです。
 とまぁ、散々なことを書きましたが、実は、この二巻の応用曲集だけを集めて、メトードローズというタイトルと切り離し、中級の大人向けに一冊の曲集を作るなら、とても面白い楽譜になること、請け合いです。曲がそれぞれ個性的で、人前で弾く機会に使える魅力的な曲も多数入っていますから。
 この、今は絶版の"新しい"メトードローズのAnnick Chartreux(アニク・シャトルロー)さんの楽譜は、フランス本国では色々出ているようですよ。例えていうと、フランスのバスティン先生という感じです。
 そうそう、表紙を改めて眺めていて、初めて気付いたこと。「第二巻」に、 “ESSOR” と記されています。エソールはフランス語で「飛翔,飛躍,発展」の意味です。私は長年「メトードローズ」というタイトル以外は、表紙の絵に気を取られてこの言葉の重さをちゃんと理解していなかったようです。なるほど飛翔…、飛翔しすぎていたのだ…と。

 絶版といえば、「グローバー、どこ行っちゃったの?」と、困っていらっしゃる方も多いでしょう。  これもまた説明がややこしくて、このグローバーは、「みんなのグローバー」シリーズと「グローバー」シリーズがあります。最初は、東亜音楽社から出版されていました。
 シリーズ名が似通っていて全くまいりますが、「みんなの…」の方は後発の本で、(単なる)「グローバー」の方のシリーズが、以前から存在していたものです。シリーズというのは、「教本」を軸に、「ドリル」や「テクニック」「小曲集」「併用曲集」のラインナップが揃い、それぞれ6巻までシリーズで存在していました。(その他「れんだん」や「クリスマス名曲集」も数冊、展開)  この古い方の"グローバー"シリーズの「小曲集」の中で、特に Vol.3以降の楽譜(vol.4.5.6)においては、イメージ豊かな楽しい曲たちで構成されており、発表会の選曲にも向き、生徒さんと一緒に愛用したものです。
 現在「グローバー」シリーズは、 ヤマハミュージックメディアが出版を引き継いでいますが、経営判断か、これらの本も、「教本」以外は少しずつ消え去りつつあり、シリーズとしての魅力はなくなりました。
 写真はクラヴィアハウス所有の「小曲集」。5.6巻はすでに販売されていませんし、4巻も僅少になっていますので、大切な保存愛蔵版です。

 まぁ、私達は、新しく出版されるユニークなピアノ楽譜に興味を持ちウォッチしつつ、逆に馴染んできた良い本がどうも見当たらないことがある。それは、店頭の楽譜置場に限度があるからで、新作を優先すると、当然置かなくなる古い本が出てくるのでして、その自然作用として古い本は売れなくなる、だから出版社も増刷しなくなるという循環です。馴染んだあの本が見当たらんぞ!と調べたら、姿を消していて寂しい気持ちになることがあるのも、致し方ないことです。
 そういう意味で、その中で、変わらず楽譜屋さんの棚から燦然と私達を見下ろしているバイエルは、正にバイブル!記録的増刷を繰り返しているピアノ学習史の象徴的存在というわけですね。

 10年後、店頭のピアノの楽譜が、どんな様に変化しているだろうか思いを馳せるばかりであります。